究極の静寂=私

全現象に気付く「私」

小さい頃ってなんとなく分かっていましたよね、「私」が全部だって、、だから至福に浸っていました。幼少期にこの体が「あなた」だと学習することで嘘を吹き込まれていったのです。本当は見えるものが全て私だって感じてたはずです。そしてそれが真実なのです。私という言葉は概念でしかなく、、本当は私など存在しませんから「私」を主語にした説明はあくまで間違っています。ですが言葉でこれを説明するときにはこの「私」という言葉を使わないと伝わらないので説明します。

全現象は究極の静寂によって全部気づかれる

人間の五感が全現象に気づいていると思っていますがそれは嘘です。それは幻想、ストーリーの中の話です。本当は全現象に気づいているのは究極の静寂です。この究極の静寂が、、起こる全てに気づくのです。音、色、香、気温、などなど、、、、ではこの体は一体何をやっているのか???そのままです、動くのみ。思考してますよね???思考は湧き上がるのですがそれはこの体の中では起こっていません、体の中で思考が起きるならばそれを究極の静寂が気づきます。思考はただ起こり、、それを気づきの意識が気づくのです。

究極の静寂が気づけない現象はない

究極の静寂は全現象に気付けるから究極の静寂であって気づけない現象は存在しません。友人が「手を振ったのになんで気づいてくれなかったの?」と聞いてきたとしても、、そんな現象は起きていないのです。起きていれば自動的に気づかれます、究極の静寂に。

今も究極の静寂としての自分が居る

世の中の現象(波)に深刻にならなくてもいいのは、、、現象は究極の静寂である自分が居なければ一切気づかれないからです。気づかれなければ現象ですらない、、そして現象は究極の静寂の一部でしかなく、、現象は直ぐに究極の静寂に吸い込まれていくのです。目の前で怒り狂っていた人も、、この体が違う場所に行けば静寂に吸い込まれて消えていきます。所詮は全てそのレベルのことなのです。

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