怒りすらも瞑想に使う

怒りが湧いた時に、、、

この怒りは何だ???何が原因だ????あいつのせかい、こいつのせいか、、いやいや、、私がこれをやってしまったからか、、、、エンドレスに続く、、犯人探しの旅、、、、、、残念!!!!その全ては間違っています、、、怒りを引き起こす、、個人という存在が皆無なのです、、、、個人が100%幻想であって、、居ないんです、、、、、全部は全自動システム、、、ただそれが起きたのです、、、、そして怒りもただ起きました、、、この怒りはどうすればいいのか、、、、その怒りをどうにかしようとせずに、、、怒りすらもただ観察します、、、、

怒りを感じることも、、、静寂

信じられないかもしれませんが、、、怒りを感じることで静寂になるのです、、、、怒りすらも静寂の中で感じます、、、怒りとは解決すべき感情ではなく、、、怒りを感じることで静寂に入ります、、、怒りを解決する個人は居ないのですから、、、思考しても無駄です、、、、怒りを解決すべき思考現象に関心をもう持たなくていいのです。。。

思考の全ては間違っている

個人が居て、、自由意志があるという前提の全思考は間違っています、、、間違った思考に関心を持ち、、そこに意識をし続けても、、、不幸が続くだけです、、、無駄です、、、そうではなくこの日常を、、、個人が存在せず、、自由意志もないことを感じる場所にします、、、実践の場所です、、、すると、、、、本当にそうであることが分かってきます、、気づきの連鎖が起きます。。