これをしなくちゃ

劇の中で

朝起きて「これをしなくちゃ」が一番に湧いてきたら、、まだ劇の中にどっぷりです。劇の中で自分という主人公の役にはまっています。朝起きてただ衝動に従った生の動きだけがある時、、それは劇から目覚めています。もう成し遂げる何かは存在せず、そこには生の動きだけがあります。この動きが動きに気づきます。

大人とは騙された人々

子供は朝起きても義務感や、ノルマは湧きてきません、、全くもって自由です、、これが悟った状態、、大人は朝から晩まで目的、義務、ノルマに踊らされ続けるのみ、、、劇の中にどっぷり浸かっています、、そして周囲と同じことをなんとかこなして生きていく。外に見える対象には救ってくれる何かは何もないことを本質では知りながら。

繋がる

この体の中に何かパワーのようなものが湧く場所があることを知ると大人の関心は内側に向いていきます。この内側に何か偉大なパワーがあるのでは???本当はこの体の内側なのではなく、、この3D映像そのものの奥にあるのですが、、そこにある何から直接パワーを貰う感覚が起こりますと、、、大人の関心は目に見える何かではなく、、その真相に行くのです。これが悟りの一歩です。

繋がりを利用する主人公

なんか繋がったぞ、、この感覚を主人公は周囲に見せびらかせ、罵り、またこの劇にのめり込んでいきます。。。繋がった「自分」を生きるのです。これが悟りの副作用です、、、繋がった「自分」は凡夫ではない、、これです。才能がある天才の悲劇の99%はこれでしょう。

主人公は居なかった

次の段階、最終段階、、、主人公は疲れ果て恥をかきまくり、、、もう何もかもを手放そうが起きた時に、、、悟りのメッセージが入ってきます、、、、もう何もないやるべきことは!!!の境地になると、、、入ってくる、、、、悟りのメッセージ、、、、「自分は居ない」「あの人も居ない」「全員がただの幻想」これが入ってくる!!!言葉がこの自分をぶっ壊す、焼き尽くす、完全燃焼。

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