エックハルトの的確な例え
エックハルトは人間を物乞いに例えました、多くの方は自分自身の内奥にダイアモンドのような輝き、宝石を携えていながら外にダイアモンドを探します。外にダイアモンドのような価値があるものがあるはずだと探し求めるか、求めて疲れ果て諦めているかのどちらかです。どちらにしても自身の奥にダイアのような価値があることを知らないから外に外にそれを求めるといううのが人間の過ちです。
では中にあるダイアをどう見つけるのか?
ではこの自身の内奥にあるダイアはどう見つけるのか?思考、感情との同一化を止めることです。思考、体、感情を自身であると同一化することでこのダイアは見えなくなっています。本当のことを言えば自身とはダイアそのものです。ダイアモンドがまさかのこの体、思考、感情を自分であると勘違いすることからこの悲劇は始まりました。そもそもがダイアモンドにも関わらず自身を一旦「体、思考、感情」に置き換え結果外にダイアモンドを探すというギャグをしているのです。自分が実はダイアモンドである、この気づきこそが悟りです。
自分がダイアモンド?なぜそんなことが分かるのか?
答えは簡単です、地位や名誉、安定、天職、、、あらゆるダイアモンドもどきを手に入れても人間というのは一切満足できません、この事実が実は自分がダイアモンドである証拠です。ダイアモンドである自身がこの「体、思考、感情」であると勘違いすることからこの自分がガラクタのようにあらゆるアイテムを手に入れても全く満足できないのです。自身がダイアモンドでなかったらどう考えても地位名誉、収入、安定を手に入れたら満足するでしょう。そうならないところが、、、、それを証明しているのです。
ということは、、、自分の存在を思い出すだけ
実際には自分とはダイアモンド以上の存在、この宇宙生命体全部です。これが答えです、その存在がこの体、思考、感情のみを自分であるとカテゴライズしたことによってこの不幸は生まれました。人間の不幸とは初期設定ミスなのです。だから何を得ても何を獲得しても何を成就しても意味がないのです。初期設定が間違っているからです。