水面の月光
我々は幸福の湖です。湖は幸福で満ちています。その水面に月光が照らします。水面に光の現れが起こります。これがこの世界です。まさかのこの世界は幸福の湖に浮かんだ月光のことだったのです。ですから、、、この月光が消えた時(熟睡中)至福しか残りません。湖だけがあるからです。ですが夢見の状態が始まり、、月光が水面に輝きます。これで再び苦しみが起こるのです。
苦しみ
この世界には苦しみが満ちています。それはこの体を「私」と定義したした瞬間に起こります。この世界も体も湖からの景色です。ですがこの私はこの体(月光)から、、、この世界(月光)を見ているのだ、、という思考を起こします。その思考も月光の一部です。ですからこの概念は完全に間違っています。月光(体、世界)は湖から見られるだけであって、、それ以外の景色は存在しません。幸福の湖からの景色以外は存在しないのです。
ですから
この苦しみとは湖から見える景色を、体の所有者「私」が見ているという勘違いから生まれます。私すらも水面の表れですから湖によって気づかれるのです。湖以外に水面の表れに気づき存在はないのです。ですから、、何一つこの幸福(湖)は幸福を損なったことなど一度もなく、、ただ揺れ動く水面の光の中で、、苦しみが現れ、悲しみが現れするのです。このことに気づいた時、、不幸こそが不自然な状態であることに気づきます。不幸こそが、、、異常な状態です。