これは夢だから宇宙人の侵略すら起きえる

この夢の第一の目的はこの夢に夢中にさせること

ワンネスが作ったこの夢の目的はこの夢から覚めさせないことにあります。ドップリ苦しんで、しんどい思いを沢山経験しワンネスがワンネスでは経験できないことをフルパックツアーで経験してもらうことにあります。歓喜、平和、安堵そのものであるワンネスが苦しみ、悲しみ、孤独、虚無感を感じることができません。そのためこの夢を創造し、小さな自分を誕生させることでこの喜劇、悲劇を創造しました。だからこそこの夢の途中段階では宇宙人、浮遊霊、アセンデッドマスター、仙人などを登場させて飽きさせない工夫が拡散されています。

観念書き換えはこの夢のシナリオ書き換えでもある

観念の書き換えが起こりますとこの世には天使がいて、イルミナティーがいて、宇宙人がいるという現実を作り出すことができます、人間の思考を書き換えていきますとそれはこの夢のシナリオを書き換えていくことができるのです。この夢に新たな登場人物を登場させることもできるのです。自身が信じたことが起きるというのは観念書き換えによる夢ストーリーのシナリオ書き換えです。

観念を書き換えても至福には至らない

観念書き換え方法は本屋さんに行けばいくらでも書籍があります。成功哲学、自己啓発本などなど、、腹落ちするまで思考、観念を書き換えていきますとハッピードリームを見ることができるようになっていきます。ですがここで一番重要なのはこのドリームで何を達成しようと、どんな幸福を手に入れようと、どんな夢を叶えようと、、不足感を埋めることはできないということです。それは自身がこの人間であるということ、主人公であると信じることで不足感、欠乏感、孤独感が湧き続けるからです。

これは夢だから主人公が死んでも実は何も問題はない

昨晩見た夢で自分が死んでも気にしないはず

これはワンネス、サムシンググレートが見る夢ですからそこでの主人公が何かしらの原因で例え死んだとしても問題はありません。死んだらこの夢、ゲームが終わりただ目覚めが起きるだけでしょう。ですが私の感覚から言えばこの夢では主人公は死なないのかもとも思ってしまいます。なぜならばこの夢の最終目標は夢から覚めることであり道半ばで死ぬなんてことをワンネス総指揮で果たしてやるのかという話です。主人公を道半ばで殺すようなヘマをやるとは思えないのです。こればっかりは死んでみないとわかりません。

少なくとも他人の死は夢の中の出来事

主人公である私は横において少なくとも他人の死は夢の中での出来事、夢の中で登場人物が死ぬことを問題視しないようにこれは通常のイベントです。夢の中で登場人物が死ぬことは主人公にとっては辛いことですがそれも所詮は夢です。夢の中では長生きする登場人物もいれば短命な登場人物も当然います。どちらが良いとかは一切なくそれはこの夢の制作総指揮であるワンネスが自動運転で決めていきます。

これが夢ならば覚めたくない、、

人は本当に良いことが起こった時には「これが夢ならば覚めたくない。。」という言葉を言います。事実はまさにこれは夢です。紛れもなくこれは夢です。これはワンネスが制作総指揮で制作した夢です。そしてその夢から覚めたくないのもワンネスでしす。ワンネスが夢から覚めたくないのならば夢から覚めるが起こるわけがないのです。つまりこの夢から覚めるという現象が起きるか起きないかはワンネスが決めます。そこに登場人物の裁量など一切ありません。そうなるとこのブログに意味はあるのか?となりますが意味などあろうはずがありません、なぜならばワンネスが私(登場人物)を使って情報発信しているに過ぎないからです。

これは夢だから友人の自殺も起これば事故死も起きる

ワンネスの夢に制限はない

ワンネスの見る夢に不可能があったらそれは夢ではありません。突然の友人の死、奥さんの死、子供の死、何が起こるかわからないのはこの夢です。ワンネス総指揮の夢ですから何でもござれです。この夢の完成度が低ければ何の感動もありません、糞ゲーです。ワンネスが夢に埋没するためには理不尽なことが何でも起きるでしょう。主人公が予想のつく事ばかりが起きるならばそれは夜見る夢と同じ、何の価値もないではないです。だからこそこの夢は次から次へと不思議な事件が起き続けます。夢を見ているワンネスは自分で夢を作っておいてその夢から抜けられないという不思議な現象が起きるのです。

毎日友人が自殺することもない

夢だから何でも起こるとして、友人が毎日自殺するようなことは起きません。そんなことをしたらこの夢ゲームに興味が失せてしまって主人公が自殺を図るでしょう。ですから悲劇ばかりが続くこともないのです。いい塩梅で良いことも起きます。良い事ばかり起きてこの人生劇場に退屈してしまってもアウト、悪い事ばかりが続いて生きる気力を全部無くしてもアウトです。不足感、欠乏感という感情はワンネスから湧いていますからそれすらも自動的に起きます。

ワンネス制作総指揮、人間活動のカルマはあるのか

ワンネス制作総指揮のこの映画において、人間が行う行動に影響力はあるのでしょうか。当然あります、何も影響を与えれない映画、ゲームなど面白くもなんともありません。人を傷つければしっかりと警察が捕まえてくれます。人を喜ばせばしっかり笑顔をもらえます。ですが同時に裏ではワンネス制作総指揮であらゆる状況が湧いて起こってきます。その中でいかにこの人間映画、人間ゲームを堪能できるかがワンネスの狙いです。ワンネスがこの人間ゲーム、人間映画に完全に飽きたらこの夢から覚めることになります。

これは夢だから戦争も起きるしコロナも蔓延する

夢である以上何でも起きる

これは大いなる一つが見る夢です。夢ですから何でも起きます、戦争も起きればコロナも起きます。宇宙人が出現したり、サイババの手から灰を出します。空中浮遊する人間が現れれば透視能力家も現れるでしょう。なにせ夢ですから。誠実俳優の不倫も、犯罪者の人助けも、、何でも起きるのが夢です。

夢である以上ハッピーとアンハッピーは交互に起きる

最初から最後までハッピーな映画を観るほど退屈なことはありません。恐らく全く人気が出ない映画でしょう。人気映画は主人公が悲劇にあい、そこから立ち上がり、ハッピーを手に入れる、、そこから友人に裏切られ奈落の底に、そこでまさかのビジネスを発見し再起を図る、、こんな感じでしょうか。夢ですから単調=退屈で耐え難いのです。なにせ大いなる一つが見ている夢ですから大いなる一つが退屈になったら即内容を書き換えるでしょう。そこに主人公(あなた)の意思など全く関係はありません。映画の主人公のが配役や内容に口出しできないのと同じです。

トムクルーズ は映画の内容に関与するが、、

ハリウッド映画ではトムクルーズはガンガン監督に意見を言い内容を書き換えていきますがこの映画、夢ではどうなのでしょうか。残念ながらこの映画は大いなる一つが監督し、大いなる一つが主人公の映画です。最初から監督、主人公が一致しています。監督と主役の言い合い、ディベート、討論はないのです。監督・大いなる一つ、主役・大いなる一つです。映画は毎秒ごとに書き換えられていくので誰もこの先は読めません。これを映画、夢と腹落ちさせるしかこの映画、夢に翻弄され続ける人生が続きます。最終的には夢から覚める以外に平和、安堵、歓喜はこないのです。

これは夢だから親友を信頼するのは危険

夢の中では人は変幻自在に変化する

信用していた人が突然裏切りお金を全て奪われた、、これは夢ですからこんなことは普通に起こります。全存在がそのような夢を起こせばそれは起きます。ただこれだけです。信用していた人が実は自分を裏切り業界から干された、、このようにこれが夢だからこそ何でも起きます。夢の目的はあなた(全存在)を夢の中にドップリと浸からせて喜劇、悲劇を味わい尽くすことにありますからそのためならば何でもやります。夢から覚めようとしない限り喜怒哀楽、浮き沈み、七転八倒、が起きてあなた(全存在)を退屈から守ってくれます。夢中になるように。

夢だから裏切った友人を許すのもあり

あなたを裏切った友人も夢の中で突然裏切り者を担当することになっただけで何の意味も裏事情もありません。ですからそんな友人を許すのも一つです。ですが勿論また裏切るかもしれませんが。ということでこの夢物語の中での友人、他人、家族、どんな人であっても信用するのはやめた方がいいでしょう。大いなる一つが夢の内容を書き換えれば家族すらも裏切り者になります。そしてそこには全く意味も裏事情もありません。夢ですから。

人は色々な理由、意味、裏事情を探るが

夢である以上、大いなる存在がそのような夢を創造すればそうなるのであって夢の登場人物の発言、行動には何も、何も事情はありません。ただそのような配役が当たっただけです。悪人になった友人は家庭環境が悪かったのでは、親から虐待を受けていたのでは、、などと事情を探っても無駄です。これは大いなる一つの夢だからです。なぜあんな性格が良かった友人が殺人者になったのか?これは夢ですからそれも起きます、そこに意味は何もありません。

映画「マトリックス」はこの夢から覚めるヒント集

大いなる一つは自身をNEO(キアヌリーブス)と勘違いすることからスタートする

マトリックスの映画はこの夢から覚めるための教科書です。大いなる一つが自身をNEOと勘違いすることからこの映画はスタートします。主人公は仲間からこれは夢だということを教わり、半信半疑ではあるもののその真意を確かめようとします。するとエージェントが現れその活動を阻止しようとするのです。この夢の中にどっぷりと浸からせるためにあらゆる形をとってエージェントは出現しこれを阻止します。友人だと思っていた相手が突然エージェントに書き換わることなどこれが夢であることの一つの特徴です。これは夢ですからそこに出てくる登場人物は変幻自在で書き換えられていくのです。

昨日まで良き理解者だった友人が突然エージェントになる

我々が見ているこの夢ではこれまでの親友が突然エージェントになることがあります。これは夢ですから当然なのです。昨日まで性格が悪かった友人が突然に誠実になることもあるでしょう。夢ですから。あなた(全存在)が夢から覚めないように変幻自在で人はエージェント化していきます。夢ですから。主人公ネオは無心になって戦い続けていくことで突然夢から覚め自身が大いなる存在であることを思い出すのです。その時これまで最強だったエージェント達は崩壊します。ネオが夢から覚めるポイントになったのが武術です、無心、無我こそが夢から覚めるヒントであることを物語っています。無心、無我状態とは大いなる一つとのアクセスポイント、大いなる一つを起こすゲートです。

夢の中であなたが認識していないことは起きていない

昨晩あなたが見た夢の中であなたが認識していないことは確実に起きていない

これはあなたが(全存在)が見ている夢ですからあなた(全存在)が認識していないことは夢の中では絶対に絶対に起きていません。夢の中であなたが認識していないことは絶対にないのです。凄い悩んでいる友人がいても何を悩んでいるかあなたが認識していないならば中身はないのです。存在しません。これはあなたが見ている夢ですからあなたの許可なく何かが勝手に起こっていたなどあり得ないのです。

夢を見ている時のあなた(全存在)の気分は夢の内容に大きく影響する

夢を見ている時のあなたの気分は夢の内容に大きく影響します。ストレスフルな時のあなたの夢の内容が残虐な時が多いようにあなたの気分はこの夢物語の内容に大きく影響します。だからなるべく気分良く過ごすことは重要です。ですがもしもハッピーしかない夢物語だと退屈の苦しみが襲ってきますから結局はあらゆることがこの夢では起こります。夢である以上、不足感が湧き続けるのは間違いないからです。この夢物語の初期設定は不足感です。大いなる一つが人間を主人公にしたこの夢は欲求不満が基本です。大いなる一つという壮大無変な存在がこんなちっぽけでひ弱な存在を主人公にしたてあげれば欲求不満が自動的に湧き続けるのです。

夢だと気づけば気付くほどに深刻さは確実になくなる

このブログは私(全存在)が夢の登場人物(全存在の現象)に向かって夢から覚める方法を説くという意味不明の活動です。私(全存在)が人間の私(全存在の現象)の体を借りてその他の登場人物に夢から覚める方法を説くという意味不明なことをやっています。夢から覚めるのは全存在であってこの夢の登場人物(主人公)、登場人物(その他の人々)ではありません。登場人物はこの夢のキャスターでありキャスターの夢を覚ます必要はないのです。

苦しみの根源が分かってしまえば苦しみの五割は消える

なぜ苦しいのか?苦しみの根源がわからないから

人生がなぜ苦しいかと言えば苦しの根源がわからないからです。クラスで人気者になろうと、学年で一番の成績を残そうと、学校一のスポーツ選手になろうと、超進学高に進めても、高収入を得ても、子宝に恵まれても、苦しみが終わることはありません。新しい苦しみを解消すると必ず次の苦しみが出現します。新しい目標を達成すると必ず次の目標を目指さなくては苦しくなります。この無限地獄をどうしたら終わらせることができるのか?この答えを明確に持っている人はほぼいません。

苦しみの根源はまさか自分がいないのに居ると勘違いしていること

この人生ゲームの苦しさの原因をほとんどの人が見抜けないのには理由があります。それはこの自分がいるという事実が実は事実ではないということです。この心身こそが自分だということが実は錯覚なのです、ここから欠落感が湧き出しているとは誰も見抜けません。なぜならばこのストレスを解消しようとこの自分が頑張ってきたのです、なぜ自分自身の勘違いがこれを生み出したなど見抜けるでしょうか。ストレスはこの社会、国、人間関係が生み出したのだと信じたいのです、いきなり自分の錯覚がストレスの根源など認めるわけにはいきません。必死に問題解決を努力してきた自分自身こそがストレス源など、、冗談じゃないという話です。

諦めてください、今求めている欲求全てが満たされても翌月には不足感が湧いている

今求めている欲求の全てが魔法によって全て満たされても翌月には不足感は何も変わらず起きているはずです。残念ながらどれほどの大きな欲求が叶ってもこの事実は変わりません。なぜならばどんな夢、目標が叶ってもそれを叶えたと思っている自分自身がこのストレス、不足感を発現し続けているからです。まさか自分でストレスを発生させそれを解消し続けていたとは気づいていないはずです。先ずは自身でストレス、不足感、欠乏感を発生させそれを解消しようとする無限地獄を作っていたとは。この世で最も尊いと思っていた自分自身こそが不足感の発生源であったらもうこの問題は解決できません。

全存在は全存在ゆえにあらゆる世界を許可する

人間ゲームでは浮遊霊も念力も超能力もなんでもあり

全存在は全存在ゆえに人間ゲームにあらゆる可能性、多様性を持たせてくれます。輪廻転生、守護霊、憑依霊、念力、アカシックレコード、チャネリング、空中浮遊、、このゲームはゲームであることが簡単にバレてしまっては意味がないのであらゆる選択肢、可能性を作りゲームに熱中させるようにできているのです。例えばドラゴンクエストには裏面というのがあります、表面をクリアーしたらまさかの裏面の登場です。現実社会をクリアーしたらまさかのスピリチュアルな世界が登場するのも同じです。現実的欲求を満たし切った人間は、精神的欲求、次いで霊的欲求を満たすように設定されているのです。これは全て自我ゲームの不足感、欠乏感、孤独感を埋めるために設定されています。

思考を変えると新しい観念が生まれ新たなゲームが現れる

この人間ゲームを人間ゲームにし続けるための設定は思考を変えること、観念を変えることが重要になります。脳の認識を新しい知識で変えていくことで観念を変え見える世界を変えていきます。ドラゴンクエストの表面、裏面の切り替えを人間の観念を使って変えていきます。その人が思考するような世界が広がるように設定されているのです。こうして人間ゲームは永続的に続くように工夫されているのです。人間の観念書き換えは人間ゲーム継続の鍵です。

現実的欲求、精神的欲求、霊的欲求あらゆる欲を満たしても満足しないこの欲求は人間であるというトリックを見破らない限りクリアできない

マズローの欲求五段階説ではないですが生理的欲求、所属の欲求、社会的欲求、承認の欲求、自己実現欲求、自己超越欲求と、、欲求は延々と続くのがこの人間ゲームです。なぜならば自身を人間であるとい勘違いをしている限り不足感、欠乏感は延々と湧き出てくるからです。このトリックを見破らない限り我々はラットレースのように延々と走り続けていくことになるのです。自分自身がこの心身ではないという悟りを開かない限りこの苦しみは延々と続きます。こんなに努力を重ねてきたのに実はこの心身が自分ではなくてそう錯覚してきた全存在こそが自分だったという夢から覚める体験をしない限り人間ゲームの苦しみが続くのです。

今ここ以外に事実が隠れているという思い込みから不足感を生産し続ける人間活動

今は平和だが将来はわからない

今は平和に生きれているが将来は不安だから毎日準備を続けよう、これは多くの方が抱き続けている思考のパターンです。今ここは平和だが、、、これが勘違いです。今ここに入り込めれば戦争中だろうが、火事場だろうがそこは平和、安堵、歓喜なのです。これ以外はありません。今ここはいつでも歓喜、安堵、平和なのです。今ここを離れ思考の世界(夢の世界)にどっぷり入り込むとそこから不足感が湧き出してくるのです。歓喜な状況、平和な状況、安堵の状況はないのです。今ここに一つになった時に歓喜、安堵、平和にシフトするのです。

将来のことは分からないが、まずは今ここで平和になる

今ここで平和、歓喜、安堵になれなければ将来なることもできません。そもそもそのような条件はないのです。今ここが歓喜、平和、安堵です。今ここが不足感、孤独感、欠落感ならば恐らく将来もこの状態でしょう、なぜならばこの事実を知らないからです。平和、歓喜、安堵とは条件を揃えて人間が手に入れるものではありません。平和、歓喜、安堵とはそれを求める自分が実はいないことを悟ることです。平和、歓喜、安堵とはそれを探し求める自分ストーリーの夢から覚めることです。

今ここで平和そのものになれてなぜ将来を心配するのか

将来の不安のほとんどは平和、歓喜、安堵になれない人の心理状態です。ですからそのようなものに振り回される意味は全くありません。平和、歓喜、安堵を手に入れる条件と勘違いしている人間活動者の思考がこの将来不安を生み出すのです。全存在の自我ゲームがこの将来不安を生み出します。自我ゲームから降りてしまえばそこには全存在(歓喜)しかないのです。全存在が将来不安を抱えるほどバカらしいことはありません。もちろんこの将来不安ゲームを楽しんでいるのも全存在ですから万事OKです。