全てが夢ならば
現実があって夢があって熟睡があって、、この現実だけが実在、、、これが一般的認識です。ですがこの現実はこの粗大な体が主人公の夢です。精神的体が主人公の場合は一般の夢見です。つまり夢が二つに熟睡が一つです。これを三つの状態と言います。えええええ?????夢二つに、、熟睡一つじゃ、、、全部眠ってんじゃん!!!!そうです。その通りです。全部眠った状態です。起きる時はいつ?????ありません。。。え??????ないんです、起きる時は。。。。。
回答
いつもいつも眠った状態ってヤバくないですか?????そうです。やばいんです。。。。。というよりも、、、現れる現象は、、幻影、幻であって、、それが不在が熟睡で、、、、我々の本質はこの現象を支える土台(真我)です。これに気づくことを「目覚め」と言います。つまり目覚めるとは、、、この三つの状態が、、、自我の産物に過ぎないと気づくことなのです。自我というプログラムが生み出す膨大なプログラムが現象であって、、それはプログラムゆえに実在しないということです。
基盤
パソコンがなかったらプログラムを組んでもそれを映像にすることができません。そのパソコン本体こそが我々真我です。そしてディスプレイに現れた映像がこの世界です。内部OSが心です。画像が現れたり消えたりはしますが、、その画像は、、、、実在とは呼べません。これに気づくことを悟り、目覚め、真我実現と言います。パソコン本体にとっては映像はただの、、映像に過ぎず、、OSのアウトプットに過ぎないのです。世界とは自我OSによるアウトプットに過ぎません。