波に自由意志??????

構造上不可能

波に自由意志はあるか????この波は今は伊豆半島だが、、明日は向きを変えて、、北海道沖に向かうかも???ないですね。。。ないんです。。。。なぜ????だって波は人間が勝手に海の一部をくり抜いて、、「波」と呼んでるに過ぎず、、海にとってはそんなものはないからです。実際には海にとって「波」というパーツなど存在すらしないのです。そして海に自由意志がないのだから当然波にもないのです。

では、、、、

本題に映ります。我々は真我にとっての波です。真我という唯一無二の実在があって、、我々はその影です。影に自由意志があるには、、真我に自由意志が絶対になくてはなりません。ところが、、真我はまさかの不動です。動きも変化もしないのです。ゆえに、、、、事実では自由意志は100%存在しません。ですが影は動くし変化します。。。つまり我々は、、海がまるで動きもしないにも関わらず動くように見える「波」なんです。どんなに波が動いているように見えても海自体が「不動」ならば波の動きは蜃気楼です。我々の動きは蜃気楼として動いていえるのであって事実では何も動いてさえいないのです。我々は蜃気楼の動きの部分です。

つまり

この体は動きはしますが蜃気楼として動きます。そしてそのことを動いたという心の動きが伴うのです。これも蜃気楼の動きです。蜃気楼の動きを見て「生まれた」と表現し、蜃気楼は衰退して「死んだ」と言うのです。これも蜃気楼の動きです。思考を含める全ての動き、動きの全てが蜃気楼、影の動きだということです。自我プログラムが発動(影)すれば自由意志という感覚は100%起こりはしますがこの起こりも影、蜃気楼の動きです。「私」という感覚の動きも蜃気楼、影の動きです。海、真我が不動で「波、人間」が実在として動くというのは不可能なのです。

波の次元、人間の次元

波の次元、人間の次元ではガンガン動くし、ガンガン自由意志は働きます、全て動きです。ですが大元の「海」「真我」が不動ならばその動きは完全に別次元の話なのです。海、真我は知っています、、、何も動いてさえいないと。。。真我の影が太陽の光で動きまくり、、その「動き」を自由意志だ!!!とする動き(影)がさらに起こります。私が存在するぞ!!という影の動きも起こります。それを前提とした世界(影)が起こります。何でもかんでも起こりはしますが、、全て影の動きです。