真我
真我は不変です。何一つ動きのない存在です。そしてこれが唯一の実在です。ではこの自由意志の行動は一体全体何なのか????ということになります。その前に目の前にPCが存在します。そこに一切の疑いがありません、では、、、、唯一の実在「真我」以外に実在が存在するかと言えばNOです。つまり目の前にある100%の存在PCは心の動きということです。つまり自由意志も心の動きです。そう感じる心の動きが起こっています。
感じるから「在る」?????
我々はそう感じるのだから「在る」のだ、、、だって感じるのだから、、、、で世界全体を見渡します。ちょっと待ってください、、、砂漠に広がるオアシス、、蜃気楼も100%感じてますよね????でもない。。。。これを非実在と言います。そううです、、、五感全体で「在る」と感じたって実際には「ない」は100%あり得るわけです。自由意志も同じ、、100%在ると感じようがないのです。
では、、、
この自由意志はなぜ在るように感じるのか???それは「自我」「私」の絶対的根拠になり得るからです。心の動きは全て自我が生み出します。その心の中には自我、私を絶対的実在に思わせる動きが起こっていいのです。思考、概念、心は自我の産物ですから、、、何でも起こっていてもいいのです。その一つが自由意志はあるという心の動きです。「私」と「自由意志」共存関係、、、この存在の実在性を高めます。