自我
自我とは私であり、、私は何かでなくてはならない、、、そのために自我はこの見える世界の何か、、、であろうとします。そのターゲットがこの体です。そしてこの体と同一化してこの体を通じた世界を作り上げるのです。自我が粗大なこの体を通じた粗大な世界を作り上げます。ですが自我がこの体ではなくこの体に宿る魂であるという定義に書き換わった時、、魂を通じた世界が起こるのです。そして最後に、、自我は想念に過ぎず、、この世界自体が想念によって作られたものに過ぎないという自覚に書き換わった時、、真我が真我を見える世界に変わります。
何として見るか
自分自身が何なのか???その回答を通じた世界が今ここに広がります。自分の定義がそのまま世界の定義です。だから私とは誰か????これで世界は変わってしまいます。私とは誰ですか????私とは、、、この体でもなく心でもなく、魂でもなく、、、その全てを生み出す真我です。「気づき=不変=無限=至福=愛」これが我々の本質でありそれは、、この体の中に収まるわけがないのです。真我の中に自我が芽生え自我の中に心が芽生え心の中に世界が生み出されています。世界は最も最終的な変容です。
純粋な意識
まず最初に一点の曇りもない純粋な意識が存在します。それが真我です。その真我の中には自身の存在の自覚が含まれています。その自覚が存在するためには自身に投影(姿見)が必要であり、、それがこの世界です。この世界は真我の中に真我の自覚が存在するためにあるのです。だからこの世界は真我の投影です。この世界が生み出される前に心が生み出され、心が生み出される前に自我が生み出されます。自我は真我から最初に現れでる投影です。そに自我がこの体を同一視することで粗大な世界が生まれ、この自我が微細な魂を同一視すれば微細な世界が生まれます。自我自体が心の動きに過ぎず、、実在しないことに気づけば、、真我が真我を眺める世界に変わるのです。