真我の心=ブラフマン

一般の心

一般の心とは「真我」に気づかずに、、現れでる現象を「自分」と認識し、、分離した世界を構成する心の状態です。自我が現れでた瞬間に心が世界を作り上げるわけですが、、その世界を実在とする思考が現れでるのです。自我ベースの心が一般の心であり、、それが奏でる世界には「不完全」が必ず起こるのです。なぜならば、、「自我=体+心」という思考こそが完全に不完全でありよってそこから現れでる世界も不完全となります。不完全な世界が現れ出てくれている理由は「自らの心」が不完全である証拠なのです。

不完全な心

不完全な心の状態が不完全な世界を生み出しれます。そして不完全な世界に住んで、、散々散々苦しんだあと、、心は外に向かわずに内に向かうようになるのです。外的環境をどうにかしようという試みが終わります。ヴァーサナーという心的傾向、、、が、、燃え尽きて、、真我探究に向かうようになるのです。そのためには外的環境をどうにかして変えて幸福になろうとする動き(ヴァーサナー)を燃やし尽くさなくてはなりません。

完全焼却

勘違いの心が完全に燃え尽きて、、、真我探究にしか興味がなくなった時、、、真我実現が訪れます。外的世界をすでに実在とは全く思わず、、外的世界=心であることを見抜いています。ただただ真我に寛ぐのです。その状態の心をブラフマンと呼びます。世界は心によって生み出され、、心は真我によって生み出されていることに気づいた状態での心です。もうその心は外的世界には無関心になり、、、真実の幸福にしか関心がありません。