なぜ???
真我実現が起こった場合、、、もはや何もすることが無くなります。勿論この体は自由自在に動きますが、、その動きを「自分」がやったという感覚がないため、、、よし、、明日もこうしなくては、、というプレッシャーがありません。そして事実としてその中でまた自然に行動が起こるのです。こうしよう、あれをしようの、、、後に「自分」がやったという感覚がないのです。真我はこの映像の世界の中には存在せず自身は間違いなく真我である自覚があるので、、、ただこの森羅万象の動きを見守る感覚に至ります。
これまでも
これまでもこの森羅万象の中の私は何もしていないし、真我としての私も何もしていません。ですからこれからも森羅万象の中の私は何もできず、、真我としての私も何もできません。ただ「これ」が起こり続け、、真我として「これ」に気づきます。「これ」が移り変わっていく様子に「私」は何も関与できず、、真我としての「私」も気づく以外には何もできません。移り変わる「これ」は無限の移り変わりを見せることから、、真我の影である「これ」は真我の無限性を証明します。
人類全員
人類全員が幸福を求めます。幸福を求めるということは幸福を知っているということです。そして今が幸福ではなく不幸だから幸福を求めるわけです。人類全員が幸福を知っているということはそもそも全員が幸福だったということです。つまり全員が全員真我であるということ、そして真我とはそのまま幸福ということです。無条件で真我は幸福であり無限であり気づきであるのです。それが真我の影の動きによって自覚できるのです。その自覚も真我には含まれているのです。