強迫観念
我々は何者かでなくてはならないという強迫観念を持っています。会社員でなくてはならない、企業人でなくてはならない。学生でなくてはならない。主婦でなくてはならない。。。。などなど、、、です。なぜそのような思考、概念が一般通例なのでしょうか????なぜ?????それはこの見える何かがあまりにもリアルだから、、、我々も当然この見える何かに違いない、、という強迫観念が起こるのです。あまりにもこの世界がリアルだから、、この私も見えるリアルに違いない、、という観念です。よって私は〇〇◯べえであり、肩書きは「イラストレーター」であり父であり、日本人である、、、、となります。こういう肩書きがないと不安で不安で仕方ないわけです。
だがしかし
真実では我々はこの見える何かでは絶対にありません。見える方ではないのです。見える何かに「気づく」方です。ですから、、、、肩書きで現せる「何か」では絶対にないのです。そしてこの見える何か、、肩書きの方は、、、真我『気づき』の影です。影の変容です。突き詰めれば全て真我の影です。私は〇〇○ベエ、、、というのは見える方ですからそれは真我の影のことです。真の私は真我であって影では断じてありません。ですから何者かでなくてはならない、、、という固定観念は真我であることを忘れた思考です。
苦しみ
何者かでなくてはならないという固定観念こそが苦しみの原因であり真我発見されるまではこの苦しみは続きます。苦しみとは真我を探し出すまでの衝動です。だから愚直に「見える何者か」になり続け、、最終的に、、、この連続では苦しみが消えないと「悟り」見える何かではないかもしれない、、という気づきに入ります。ですが何十年間という期間、この見える世界が実在と信じてきたが故に、、、、、頭では分かっても真我実現が達成できません。ですが見える何かに執着する期間は苦しみが続くことから、、真我実現に向かうことも必然なのです。