ムージ
覚者であるムージは思考を車の「ワイパー」に例えます。車の運転中、ワイパーが動きます。このワイパーの動きが気になって上手く運転ができない状態が思考に乗っ取られた状態です。思考が動く度に「この意識」が思考にフォーカスし、、揺さぶられます。上手く運転しているつもりが蛇行運転に。意識の多くが思考に持っていかれているのです。思考を自らが生み出していると信じているから思考が起こる度に右往左往するのです。
実は
車のワイパーが自動であるように、、思考も自動です。車のワイパーが意識の動きとは無関係であるように、、ワイパーの動きも意識とは関係なく動きます。そうです、ただ見守っていればいいのです。自分で考えていると信じているから「出てくる思考」にビックリします。事実では全自動で勝手に思考が動くのです。そこには意味など何もありません。
思考が全く気にならない
思考の正体が分かってしまうと、、思考の内容が何であれ、、、全く気にならない、、という状態になります。ワイパーの動きに無関心になった時、ワイパーに関心が向きませんが、ワイパーは機能を果たします。思考も無関心でいいのです。思考がやるべきことを勝手にやっていきます。この意識は思考から解放され、、ただあるがままの観察者に収まります。あるがままの鑑賞者です。