中道

釈迦

釈迦は中道を説き「極端を避けよ」と教えたという逸話があります。私はこの中道という言葉がどうしても好きになれません。中道、、中ですから右でもなく左でもない、、、極端ではない、、、という意味にどうしても聞こえてしまう、、、、ですが悟りとは右も左も真ん中も全て「幻想だ!!!!」という気づきですから、、、真ん中を歩め!!!!という意味で世間に知れ渡るならばこれが完全に誤解釈であると思うのです。

真の中道とは???

真の中道とは、、、右に行っても左に行っても全部幻想だから、、、どっちでもいいんだと、、、です。これならば分かるんです。このことが分かった時「執着」が消えて自然と中道を歩むようになります。「超ゴージャス」も「超質素」も全て執着であり、、、その執着は「結果」にこだわってこそです。ですがその結果も幻想であって何ももたらさないことが分かった時、、、その執着は自然に消え、、、行動に不自然さがなくなっていきます。この状態が「中道」ではないか、、、と思うわけです。

絶対に成功する

絶対に成功する、、、も、、、何もせずに社会保障に頼って生きるも、、、、この二つは対局のようでいて、、、実は「結果」にこだわっています。一方は大成功が「幸福」を約束してくれるはずだ、、、、でありもう一方は成功するのも大変だからだったら徹底的に国を利用してやろう、それが実は「幸福」に違いない、、、です。ですがこの結果への期待は、、、その結果が「幻想」ゆえに裏切られるのです。その期待は「幻想」です。幻想は消える宿命にあるのですから、、必ずその幻想思考によって苦しむことが決まっているのです。

極端

極端な人、、というのは事実をシンプルに考え、、「生きるって見た目だよね」「生きるって金だよね」「生きるって人格だよね」と、、、、、極論に走る人を言います。ですがその極論は、、、、現れてしまった以上、、消える運命にありますから、、その極論で苦しむように必ずなります。「見た目が衰える」「お金で騙される」「人格否定にあう」、、、、などなど信じる「宗教」によって苦しむのです。そしていつか必ず手放さざるを得なくなるのです。真の中道とは「考え方」は幻想であり、、そこには向かわず、、真実のみに向かえという意味です。真実とは幻想ではなく絶対に消えない何かです。