神は死んだ

認識できる神

神とはつまり認識できる神がどこかには居て、、、、それが認識できるのだから神は存在するのだ、、、という理屈です。ですが同時に認識できるということは神は鑑賞者によって認識されることを意味します。神とは「認識者」「鑑賞者」に依存して存在できます。神とは鑑賞者なくして存在できないわけです。一方神とは「全て」であって、、、鑑賞者なくして存在できない神は既に神ではありません。だから「神は死んだ」という言葉が生まれてしまうのです。

つまり

神とは認識されてはいけないのです。神とは認識されちゃう存在ではなく、、、認識者の方でなくてはならないのです。神とはつまり「既存の神」の鑑賞者の方です。神とはつまり今もこの景色、香り、思考、感情に気づく「鑑賞者」です。神とはつまりあなたのことです。そして神から現れるこの現象の全ては神の子供です。太陽が今見えますか????ならばその太陽は鑑賞者である神の子供です。つまり太陽はあなたの子供です。今風を感じますか????感じるならばその「感じる」は確実に鑑賞者によって気づかれたのです。だからその「感じる」は神であるあなたの子供です。

神は復活した

認識できてしまう神は死にました。ですが認識する「神」が再び復活したのです。神の再誕生です。認識できてしまう「神」が死に、、、認識者、鑑賞者である神が再誕生したのです。それが「あなた」です。あなたは実は最初から神だったのです。周囲から「田中さん」と呼ばれる、、田中さんは「神であるあなた」に鑑賞された田中さんという思考に過ぎません。田中さんはこれからも存在するでしょう、、ですがその田中さんは「神であるあなた」なくして存在できません。