人に非ず
我々の本質は「人」ではありません。人間ではありません。HUMAN BEINGという言葉があります。HUMANは人間、BEINGは存在です。人間という存在???ではありません。存在のアバターが人間であるということです。存在が実在です。人間はアバターです。この幻想時空間に現れでたアバターが人間です。存在は不滅です。人間というアバターは一時的です。我々は絶対に消滅しない存在です。消滅というのは幻想時空間での出来事でありそれを生み出すのが存在です。幻想時空間を生み出す側が幻想時空間で消滅???あり得ないのです。
スーパーマリオ
スーパーマリオというゲームカセットがマリオのゲーム中に消滅??????あり得ません。これ意味分かりますよね????カセットはゲーム中に消えたりはしません。マリオは死んで消滅します。ですがカセットはゲームという時空間の中で消えはしません。我々はカセットです。存在はカセットです、だから死ねないのです。死ねるのは幻想時空間というゲーム内での出来事です。
何のため????
で????何のためにこのゲームはあるんですか????なぜこのゲームは展開されるんですか???この世界が幻想に過ぎないのならばなぜこんな幻想が存在しなくてはならないのですか????それは存在が自身が無限の存在であることを証明するためです。自身が無限であることを自覚するためです。そしてその自覚は既に最初から終わっています。時空間自体を存在が生み出すのですから時間はないのです。存在の中に無限である自覚が既に含まれていてその自覚の証明が今ここで展開されているのです。
時間は幻想によって生み出されるもの
存在を時間の概念で考えても無駄です。存在は時間を超えています。時間が存在によって生み出されるのです。ですから存在を時間の中の概念で考察しても無駄です。無限であるという自覚が最初にあってその無限の証明がこの時空間の中で行われているのです。だからこの人生ゲームの撮影は既に撮り終わっています。この人生ゲームの録画は既に済んでいるのです。
済んでいるなら
済んでいるなら、、、、、、何を頑張っても無駄ですよね???何を努力する必要があるんですか????事実をハッキリとお伝えしますね。自我には何一つ決定権が最初からないのです。ですから「頑張る」「頑張らない」を決める力など最初からないのです。その力があると勘違いする動きが自我です。ですから頑張ろうと頑張らまいと放っておけばいいのです。