撮り終わった映画
これが完全完璧に撮り終わった映画なら何のために「自由意志」という感覚を生み出すんですか????全く見意味ですよね!!!この滑稽な映画は何のために必要なんですか???????それは自由意志があるという勘違いすらも映画の幅として必要なのです。この映画の数は「無限」なんです。無限ということは「勘違いも」無限の必要になります。ですから全ての映画がある必要がありその映画には「勘違いの主人公」も含まれていなくてはならないのです。
そうか!!!!
だから我々はこの映画の中で「映画」というものをなぜか観てしまう。なぜか???映画という最初からエンディングが決まっているエンタメを観るのです。これ大ヒントです。大ヒントにも関わらず「時間」「空間」という感覚があまりにもリアルだから「自由意志」もリアルになり、、、、勘違いが抜けないのです。ですが時間空間は100%存在しないので自由意志も100%存在しません。