そうです
今この私は誰も存在しないこの神の夢で誰かに向かってこのブログを書いています。誰も存在しないことを分かって誰かにこのブログを書いています。夢とは実在しないのですから誰も実在しません。そのことが分かってもまさかの誰かに向かってこのブログを書きます。当然この私も存在しません、夢ですから。ですから結論では誰も何もしていないのです、今。存在するのは神と神の夢があるだけです。
最終ゴール
このブログを書きながらこの私が存在しないことに気づきます。誰も存在しないにも関わらず神がこのブログを書いています。このブログを読む人は一切存在しません。ですが不思議にもこのブログは今こうして書かれています。これまでは私が誰かに向かってこのブログを書いているという感覚がこの夢で起こっていました。今はそれが夢だと気づかれ神によってただブログが書かれています。
神としての夢
神が神と気づきこの夢を生きます。とんでもないディテールの夢が起こることに神として感動します。この夢の創造主エグいやん、、という感動がこの夢で起こるのです。半端ない詳細さ、半端ない多様性、半端ない、、、、、に神が感動するのです。本当は誰もいないのに街を歩けば話しかけられ、本当は誰もいないのに相手も反応します。なんちゅう奇跡でしょうか。この奇跡を生み出している本人がこの私です。一体何を欲しいというのでしょうか、一体どんな賞賛を欲しいというのでしょうか??何が起こったってそれを作っているのは私ですよ。