とはいえ生活が、、

そう信じたから

大好きなことで生きていきたいんです。とはいえ生活が、とはいえ先立つものが、、とはいえ、、、この会話何億回聞いたでしょうか。。。理想はそうだけど現実は、、、、、何億回この会話を聞いたでしょうか。この会話、、「好きなことはあっても食べるのは別」という大大大確信が思考としてあるから起こるのですがこの確信がその現実を生み出します。その幻想、幻影、3Dゲームを生み出すのです。

初期設定

どのような固定観念を埋め込まれるか???この環境を選ぶのは「魂」です。過去世から「存在すると確信が生み出す魂」が環境を選び固定観念が埋め込まれていきます。この固定観念を信じると居心地が悪いからそこでもがくゲームが始まるのです。その一つが「とはいえ生活が、、、」という固定観念です。

もがく中で

もがく中で世界を歩き、、そうかこんな考えもあったか、、違うぞ全然、、と考え方の多様性に触れていきます。ですがそこに関心がなければそのことに気づかないのですから他の考え方に関心があるというのが大前提です。その結果世界には人数うの分だけ思考、観念があることに気づいていきます。こうして自身を牛耳ってきた固定観念が崩れていくのです。

考えそのものが世界だった

こいつの考え方は流石におかしい、これに関してはこの人間の考え方は間違っている、、と思う機会が増えていきます。それもそのはずです。その人の世界はその人の考え方だからです。その人の世界においてはそれで全く矛盾がないのですから。なぜこの人はこんな考えなのか???なぜならばその人はその世界に生きているのです。

世界はこうなっている!!!

ニュース番組を見れば「世界は今こうなっている!!!」という連呼の大合唱です。違います、その人が信じる世界が今目の前に広がるのです。だから360度検証して「こうだ!!!」と大発信しても意味がないのです。意味があることはこの真実に気づくことです。すると他人の「世界とはこうだ!!!!」に関心が向かなくなるのです。そして自分の「世界とはこうだ!!!!!」にも関心がなくなります。「世界とはその人の心だ!!!!」これが真実です。

大切なこと

この話をすると見た目の上の多くの人から「だったら私の好きな世界に住めるんですね????」という問いが起こります。そっちに関心が向かうのです。残念、、残念、、違うんです。世界は心の投影なのが分かったら世界に関心が向かなくなるのが正解です。世界に関心が向く時点でまだ世界とは何かが分かっていないのです。池に映った景色は光の反映です、、と伝えたら「どんな世界にも変えれる可能性があるのですね????」とはならないんです。なんだじゃあ池の上の映像には関心がない、、これが正解です。池の上の映像を現実と信じていた人が夢から覚めたら池の上の映像に関心が向かなくなります。これが正解です。