人との比較
人は人との比較の中で自身の幸福度を測ります。ですがこれは嘘の幸福度です。私の収入は全体の上位3割だから幸福に違いないという思考のことです。私は東京でも上位の暮らしだから幸福に違いない。こういう仕組みです。思考が起こり気づかれているのです。なぜこの思考が必要かと言えば苦しいからです。苦しいからこの思考が起こることで納得するのです。
では
この偽りの幸福を得ながら人は生き続けます。この幸福は思考が支えていますからこの思考が崩れてしまったら大変です。自分より成功者が現れれば自分は小さく感じ、自身が人よりも成功していれば大きく感じるのです。これは思考のことです。
偽りの自分を見抜く
自分とは思考、感覚のことで、、これは人との比較の中で生きます。これが全て幻、幻影であることが見抜かれた時この比較には意味がないことも見抜かれます。全て幻、幻影ならばこの比較に何の意味があるというのでしょうか。ですがこれまでは勝手にこの比較の思考が起こりこの体という幻影を守ってきたのです。この思考が勝手に現れることでこの体という幻を守ってきたのです。