思い起こせば
学生時代になぜ勉強に励むのかと言われればその方が就職に有利だと言われたからです。学校の勉強が社会に出て役に立つとは思えず、だとすれば学ぶメリットを見出すか否かです。その学ぶメリットは学歴が通行手形になると教わったからです。つまり評価の対象になるということです。このことを知った私は学び学歴を手に入れていきます。周囲からの評価が上がれば生きやすくなると信じて。
だが
だが結論を言ってしまえば周囲からの評価は幻想です。周囲が幻想です、そして周囲から評価される私も幻想です。どこにも実在が存在しません。にも関わらず幻想の反応を良くしようと活動していたのです。どこまでも評価を上げても全く満たされないのは幻想の動きが変わっただけだからです。幻想の動きの変化に心は動きますがこの心の動きこそが苦しみを生み出します。
心の動き
心がどのような動きを見せようと真我は何も変わりません。真我は真我のままです。至福は至福のままです。その上を心が動き苦しみを生み出すのです。周囲から評価を受ければ幸福に私はなるだろうという心の動きこそが至福の上にモヤを起こします。全ては幻想に過ぎずこの私も幻想に過ぎない。真我の上の私劇場が続く限り苦しみは続きます。