何もないが何でもある

意味不明

この世界とは何でもないものが何でもある世界です。先ず最初何でもあります。見渡す限りに何でもあります。これは事実です。渋谷駅に行けば何でもあります。人混み、お店、看板、ネオン、、、、ですがこれ全て幻です。幻ですから存在が存在していません。全て空虚です。本当は何も存在していないのです。あらゆるものが存在しているように見え、聞こえ、感じますが実際には存在しません。

ある

でも同時にこの幻、幻影は100パーセント存在すると言い切れます。なぜか???この幻に100%気づいています。それは疑いようがないのです。誰になんと言われようとも言い切れます。この疑いようもない「気づき」この気づきこそが唯一の実在です。この幻影はこの気づきから途切れることなく現れ続けるのです。

気づきの存在に気づくという影

「気づき」には何も起こりません。影では何でも起こります。幻影では何でも起こります。その一つが我々の本質は「気づき」だ!!という思考が起こるということです。突如その思考が湧くのです。この構造を俯瞰する思考が突如起こります。全ての幻影に気づいていることに気づくのです。「気づき」の存在が気づかれるのです。これは人間という幻影が生まれたことでしか起こらない気づきです。