自我を刺激する映像の数々

両親

両親がこれだけ生活を犠牲にしてまで育ててくれたのだから期待を裏切るような進路には進んではならない、、、このように考えている学生は多いでしょう。優しい学生ほどこうなるでしょう、ですがこれ自我をくすぐるトリックです。自我はストーリー上この人は裏切れないというキャラによって大きく人生を振り回されていくのです。ですが残念ながらのそのキャラは映像に過ぎないのです。そうですマリオの前に現れでたクッパに過ぎないのです。クッパの動向にマリオが大きく大きく作用されるように両親も最大のクッパになりえるのです。

ラ王を追い求めるケンシロウ

ケンシロウが人生をかけてラ王を追い求めたようにこの人生ストーリーではあるキャラに多大な影響を受けて多くに時間をそこに費やすというストーリーが起こったりします。ですが実際にはラ王は存在せずケンシロウの前に現れでた時にだけ現れる画像に過ぎないのです。どこかにラ王は居るはずだと探しているその時ラ王は存在しません。そして追い求めるケンシロウも実は存在しないという大オチです。

なぜ??????

理由なんて全くないのです、ただこの人間の体に育った脳はこの体を安全に維持するためにストーリーをでっち上げ行き抜くことを最優先する思考を上げ続けます。その思考を信じれば親の期待を裏切らないという思考が起こり親との関係を保持することでこの体の維持を図るのです。

見抜く

悟りとは何か????を考えるのではなく、、思考が何か???を見抜くのが悟りです。言葉が真実を歪め言葉を信じることでマイストーリが出来上がりこの体の保持に全てが注がれていきます。そこには不快感が常にあって不快の中で体の保持だけが進んでいくのです。まさかこの体の中に自分が居ないなんて思えるはずがなくただこれが続きます。

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