大丈夫、もう死んでいますから
私物語の主人公にとっては死は一番怖い存在です。最も避けたいことそれが死です。ですが実を言えば既に死んでいます、自我とは幻想であり、、つまり生きてもいないのです。この世界に自我とは存在しない存在なのです、、あるのは「私が居る」という思考のみです、この思考の経験、それが自我です、そうです、自我とは思考経験なのです。
だから
死を恐れている時点で、、勘違いが起こっているのです。勘違いだから、、死ねないわけです。この世界に思考以外では一度も登場していないのですから退散もできないということです。自我とは思考が作りだした幻想である、、このことが分かった時点で既に自我は消滅したようなものです。自我は幻想であると見抜かれた時点で本来の自我は自我ではありません。自我とは「この体の中に実在する」という誤った誤認識だからです。
頭で悟る
頭ではそれ分かるんですよね!!!!!!そうですか、、、それは良かったです。先ず大前提として頭で悟りを開く時点で凄いことです。多くの場合、、頭ですら悟らせてくれません。私物語が実は幻想であることはどこかで既に気づかれていますからこの手の内容のメッセージは強烈に拒絶されます、それがされない時点で準備ができています。
体で悟る
頭で悟ったら次は体で悟っていきます。重い重いエネルギーを積極的に排除していきます。食事内容、ヨガ、ストレッチ、、、やれることは何でもやっていけばいいでしょう。体が軽くなっていきますとメッセージの響きが変わっていきます。ただし自由意志は全く存在しませんからその流れに入れなくてもそれは何も問題はありません、そうなっているだけです。