主体客体

実際は

「私がコップを見る、、私がグラスを持つ、、、私が音楽を聞く」これ全部概念、幻想、ファンタジーです。真実では「コップ」を認識し「私」を認識し「私がコップを見た」という思考が生まれます。「グラス」を認識し『持つ』を認識し「私」を認識し「私がグラスを持つ」という概念が生まれました。認識されるもの全ては「本当の私」ではなくコップもグラスも私も、、、全ては認識される対象に過ぎないのです。そしてその認識は記憶から現れでます。

全認識が起こり

記憶を通じて対象への全認識が起こり、、、その認識をつなぎ合わせて「ストーリー」が生まれます。「照明」が認識され「私」が認識され「私が照明を見た」という概念が生まれるのです。「私が照明を見た」は概念に過ぎず真実ではないのですがこの言葉の認識はそのままに認識されるため「違和感」が生まれます。これが苦しみの源になります。

本当の主体

本当の主体とは「認識される側」ではなく認識そのものです。この世界には分離が100%存在しないのでこの世界の中に何かを認識できる「存在」は実在しません。もしもあるとするならばそれはファンタジーとして実在します。「悪口を言われた私」は100%実在しません、、悪口も私も記憶から生み出された概念です。その概念が認識されそのようなストーリーが生まれ概念としてそのままに認識されたのです。