卒業式

300人の学生を前に

「一人一人の人生を輝かせてください、後悔の無いように前を向いて生きてください」校長先生のスピーチ。。。。。。ないです、、一人一人の人生って。ありません。分離がこの世界では科学的に不可能だから。分離が不可能なのにそれぞれの人生ってどうやって成立するのでしょうか?????

それでもいい

だからといってスピーチ中に「居ないんですよ、全員が」というクレームを発する必要はない、、今校長先生を含む絵が起こり、、そのスピーチが起こっただけです。そしてそれを見聞きする「私」も存在しません。ただその認識だけが経験だけが起こるのです。そこには話す校長も聞く生徒も見守る先生も存在しません、分離がないのですから。そしてそのことに気づく「私」も居ないんです。

じゃあ

何の意味があるんですか????この卒業式には??????何の意味もありません、、、ただ無限の現れとしてそれが起こるのです。無限ゆえに何でも起こります。何でも起こりますが同時にそこには分離が一切ないのです。だから卒業式が終わり全員が帰路に着けば、、、誰も存在しなくなります。元々存在していないのですがさらに存在しなくなるんです。

寂しい

寂しいと感じるのは「個」である自分が居ると信じていて、、たった一人取り残されたと思ったからです。ですがその個である「私」は100%存在しないのです。だから寂しいも糞もない。そして重要なこと、、最初から誰も居なかったのです。最初から一切誰も居ないにも関わらずなぜ寂しくなかったんですか?????そうです、、、人が居るから寂しくなくて居ないと寂しいというのが「勘違い」です。「個人が存在すると信じた」瞬間、、寂しいという感情が湧くようになっただけです。だからこの気づきによって「寂しい」が湧くのは嘘です。