全員が
授業を受けます、40人ぐらいの生徒が集まります。先生の質問に40人の生徒がそれぞれ解答を持っています。この反応の全てにおいて「分離」がありません。「分離」は力学的、構造的に不可能なのです。にも関わらず40人全員がバラバラの回答を持っています。どういうことでしょうか??????分離がないならば「バラバラ」の回答があってはおかしいわけです。でもバラバラの回答が起こってしまう。
分離はないが
分離は絶対にありません、ですが生徒全員の体(分離はしていない)からただ回答が起こります。分離しているように見えているだけで実際に「1枚の絵」の中から声が現れでます。その声が完全に新しいがゆえにバラバラに見えるのです。本当は一枚の絵の中に体(絵の部分)から声が現れでているだけです。これに「〇〇くんが独自の回答をした」という思考が浮かんでいるのです。
休み時間
40人全員がバラバラの動きをしているように見えます。40人全員が独自の動きをしているように見えます。本当は一枚の絵の中に部分の絵が動いているように見えているのです。その動きを見て全員がバラバラに分離して動いているように感じる、、が起こったのです。分離が絶対に起こり得ない中で、、ただ分離しているように見える動きだけがあります。ですが実際にはただ移り変わる「これ」があるだけです。この移り変わりを脳が記憶して繋ぎ合わせ「分離感」を起こすのです。
だから??????
分離は絶対になくても、、、、「分離感」は100パーセントあるわけでこのことが分かって何か意味はあるんですか?????分離が絶対にない中での分離感起き上がりの謎が分かれば、、もうそれは分離ではなく完全な「分離っぽい感」です。いままでは「分離っぽい感」ではなく分離を思い切り感じていたんです。分離してるぞ!!!!!!ではなく、、、だから分離しているように「見える」んだ、、、、、という気づきが起こるのです。これは深刻な分離感ではありません。