認識

ここを押さえれば

ここを押さえればドミノのように勘違いが倒れていきます。認識は「この現象界」では起こりません。この現象界は「認識される側」であって認識は現象界ではない「場所」で起こります。現象そのものが現象を認識することは「不可能」なのです。私の体という現象は「あらゆる全て」を認識することは不可能です。今まさにこの体が視界を認識している?????不可能です。

私は何も認識していなかった

この体がカップを認識していないのならば「私」も全く何も認識していなかったのです。認識はこの体が起こすのではなく認識だけが起こります。視界だけが起こり、熱だけが起こり、寒いという感覚だけが起こります。その感覚認識を起こすのは誰だ?????認識は空から現象が立ち上がるその時にそのまま起こるのです。この体も認識される側であり、、このカップも認識される側、、、二つが認識されて「私がカップを認識した」という思考が起こり認識されます。

私がカップを認識した

これは思考です、真実ではありません。「私はカップを認識した」この思考がただ起こったのです。そしてそれは思考という現象ゆえに認識される、、、するとその認識によって「違和感」が生まれます。なぜならばそれは真実ではないからです。これが苦しみの源です。真実ではない「思考内容、内容思考」が起こることで「違和感」が起こるという苦しみ発生メカニズムです。