腑に落ちる
全てが幻想であることを本当の意味で理解が起こりますと、、ドミノが倒れます。ドミノがバコッと音を立てて倒れ始めます。というよりも全部の辻褄が合ってしまうのです。全辻褄です。自分が居ない、全ては一つ、時間も空間もない、自分が居る、全てはバラバラ、時間も空間もある、、、全部が嘘じゃないことが分かってしまうのです。どう嘘じゃないか???????この幻想は実感できるということから実感できる人にはこの幻想は実在だということです。
分離も孤独も不幸も
全ネガティブな感情は幻想として感じることができます。全思考、ありえないほど悲惨な思考すらも幻想として感じることができます。全行動、ありえないような卑劣な行動も幻想として認識できてしまうのです。全ては幻想だから何でも起こるのです。だから分離は絶対にないという実感も分離は絶対にあるという実感も起こります。幻の出現によって全部起こるわけです。見かけ上の覚者が伝える内容が全く異なってしまうのも、、この幻想によってです。
あるけどない
こういう表現になってしまいます。幻想としては100%ある、、ですが幻想だから本当はない。これは究極のパラドックスなんです。ですが事実だからしょうがないのです。幻想として100%実在する世界、、これが大前提なんです。この大前提の中にこの体が生まれ落ち、この大前提ゆえにあらゆる勘違いが起こり、、勘違い人生を歩んでこれたのです。とんでもないパラドックスという土台の上に、、乗っかったこの体に、、勘違いに勘違いを重ねるという現象が起こりました。