外は雨
外は雨です、、なぜ外が雨か分かるのか?????先ずは聴覚があります、、雨の音を感じます。そして曇っています、曇りを視覚が感じます。。さらに触覚があります、、湿度を感じます。この三つの感覚で雨を感じています、、さらに言えばこの三つの感覚こそがこの世界に雨を生み出したのです。この三感覚が無ければ、、雨を実感できていないのです。雨という幻想を実感できないのです。つまりこの三感覚が「雨」を作ったのです。
雨があってじゃない
雨が最初にあってそれをこの五感がキャッチしたんです!!!!ではないんです。五感が雨を作ったのです、雨が最初にあったのではない、、雨は幻想です、、幻想は幻想ゆえに、、幻想のみでは成り立たない起こらないのです。五感こそが雨を作り出しました、、だから我々は神なんです。よってこの体という幻想も当然起こり認識されるのですがこの私はこの体の中にすっぽり収まるコンパクトサイズではないんです。真実は違います。五感が無ければ雨も太陽もこの体も誕生しないのです。
感じると幻想は一つ
雨が最初になって五感で雨を感じる、、この体が感じるを作ったんだ!!!ではないんです。五感こそが雨という幻想をこの世界に誕生させたのです。この体もです。この体という幻想もこの五感が誕生させたんです。頭が混乱しますよね?????この体があって五感が進化し、外の雨を感知できるようになった!!これがダーウィンの進化論です。違います、、この五感が外部環境を認識しこの体も認識し、雨も体という幻想もこの世界に現れることが可能になったのです。
悟り
悟りとは思考が考え出したあらゆる推論をバッサバッサと切り倒し、、真実に至らせることです。悟りとは思考が作り出した推論を完膚なきまでに切り倒し真実のみを残させる行為です。悟りとは、、思考の罠を思考のイリュージョンを思考の詐欺行為を見抜き、、真実のみを顕にする行為です。