説明裁判

自我は説明に持ち込む

全部は幻想ですから気づきは全て全体から起こるんです、、、そう説明するとじゃあ体は何をしている????脳は????網膜は????脳神経は????となります。。。。この動き、、この動きこそが「絶対に幻想にはさせない」自我、エゴ、ストーリー夢の動きです。じゃあそれを分かりやすく「私」に説明してくれ!!!!が起こるんです、、私が住んでいるこの場所(マイホーム)で、、、となります。

夢の世界、ストーリーの世界、、映画の世界で、、、説明裁判にかけられますと、、「幻想ではない」を証明する物的証拠が出てきます、次から次へと、、、ですがその全てが幻なのだ、、、と説明しても、、、その証拠がない、、となります。結果この裁判は、、、うやむやになり勝敗がつかないのです。というよりも勝敗をつけるのが不可能なのです。

だから「説明裁判」には行かない

だから説明裁判には行かなくていいのです、、、そうではなく、、真実に触れ続けます、、、真実は説明をして受け入れてもらえるものではなく、、、触れ続けて実感するんものです。。実感でしか分かりえないものを説明で納得しようとする動きこそが、、自我、ストーリーの動きなんです。夢から醒める以外にこれが夢だったと実感する方法はないのです。夢の中でこうこうくいう理由でこええが夢だと説明を受けてもその納得も夢の中です。。だからこそ、、説明裁判に導き夢を長引かせようとする動きが起こります。