見抜く

この世界は、、あるがままです。あるがまましかありません。その中で「私」という思考が湧きます、するとしれがイメージ化され映像化されます。そして私の家、私の車、私の家族、私の仕事、、、がイメージ化されていくのです。これらは全部全自動で思考化されイメージ化されていきます。そこに誰かが関与することは全くないのです。全ストーリーが全自動で映像化されストーリー化されます。

これを止める「私」は居ない

「私」とはイメージの対象であって実在ではありません。ですからこのストーリーを私が止めるなど不可能です。私もイメージの一つです、、この私は、、、という全ストーリーは実は真の「私」が奏でるイメージに過ぎないのです。だから私が苦しい、私が悲しい、私が辛い、、、全部イメージ、スクリーンに映る映像に過ぎません。

これが分かると

この辺りが分かってきますと、、、「私」に興味関心が無くなっていきます。だって私は真の私が映し出すイメージに過ぎず、、それ以上でも以下でもないからです。不幸になってしまった私、、悲惨な状況の私、、はイメージに過ぎず、、、実在しないのです。そこが本当の意味で腹落ちしますと、、、もう私を織りなすストーリーが止まります。そのストーリーが消えるのです。これが悟りです。