意織

この体

この体とはこのPCを起動させる電源みたいなものです。目を覚ますと、、PCの電源が立ち上がり、、現象が現れます。その瞬間意識が生まれます。現象が現れることで意識が生まれます。寝る時はPCの電源が落ち意識が落ちるのです。この体がなければ、、PCの立ち上げができないのですからこの体は大切なのです。そしてPCが立ち上がっている限り、、意識は必ずあります。意識の中に現象の全てが立ち上がっているとも表現できます。この体も立ち上がります。

意識はPCから

意識はPC(空)から立ち上がりますから、、意識とは至福そのものです。我々は起きている限り意識そのものですから至福なんです、、起きれば至福です、そして至福の中で眠りに落ちます。ところがこの体を思い出すと、、「この体の中には意識を持った自分が居て」という催眠術が立ち上がり、、それと同時に違和感も立ち上がります。鏡を見れば「私だ!!」が立ち上がり催眠状態に落ちるのです。そして催眠中は常に違和感が起こります。

催眠状態ではない時

催眠術がかかっていなければ、、至福なんです。PC(空)から現象が立ち上がり意識が生まれますからこれは至福です。この中で、、この意識はこの体である俺だ!!!が生まれると、、違和感が生まれこの違和感を取り除くためにまた新たな思考が生まれていきます。催眠術のフル回転です。これが「不幸」と呼ばれる現象です。不幸は至福の中に立ち上がった現象です。

竜巻

この私とは「意識」がこの体の中に存在するという勘違い、「意識=体の中の私」という催眠術による思考の渦です。渦ですから中心には何もない。。。にも関わらずただぐるぐると回っています。周れば回るほどに感情も廻ります。この回転がエゴ、自我です。意識という絶対的な存在をこの体の中に閉じ込めたのが勘違いなのです。この勘違いを信じ切った状態が催眠です。

催眠を解く

悟りとはこの催眠を解くことです。この体の中に閉じ込められた「意識」をこの体の外に飛び出させます。意識の中に全現象が起こっていることを思い出させるのです。すると催眠中の思考の渦、催眠中の感情の渦が終わるんです。意識が再び意識そのものに戻ります。