自我(寄生虫)が暴れる

悟り

悟りとは自我が寄生虫であることを見切り、、寄生虫の活動を押さえ込み、、最終的にはこの寄生虫を抹殺することです。自我の殺害です。これは極端な表現では全くなく真実です。ですから自我(寄生虫)からしたらたまったもんではない、、、殺されてしまうのですから。これを快く思わない周囲の自我(寄生虫)はたくさんいるわけです。その場合暴れる可能性があります。

話せば拒絶が当たり前

悟りの話など、、話せば拒絶が当たり前です。自我の撲殺の話など快くきく自我(寄生虫)は居ません。その話を聞いてしまったら、、自我が撲殺されるのですからシャレにならんのです。なぜ話を聞くだけで自我は撲殺されてしまうのか?????簡単です、、、自我の活動は見抜かれていないからこそ許されるのであって見抜かれてしまたら許されないのです。だって不幸がデフォルトですから、、幸福は嘘で絶対に幸福になれないのが自我活動です。

どうやら自我が怪しい

この境地に来ている人のみが悟りの挑戦者です、悟りへのパスポートを持っているのは、、、ここまで来た勇者です。多くの方は自我を寄生虫扱いするほどまでには、、、認識できておらず、、ゆえに混乱してます。自我がどうやら幸福を拒んでうるようだ、、、だが私は決してそこまで悪い人間ではないし、、そこが腑に落ちない。。。この程度でしょう。だから最後まで見抜けないのです。

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