神が神に会いに行く場所
サットサンとは覚者に迷い人が会いに行き、、なんとか目覚めを誘発してもらおうと集まる場所です。ですが実際には覚者はそこには居ません、、、見かけ上の「覚者」がそこに居て見かけ上の「迷い人」はそこに集まります。見かけ上の「覚者」は迷い人の相談に乗ります、、、見かけ上の「覚者」は相談者の悩みを聞くわけですが、、、本当はこの体にそのような力はないので、、実は神がそれを聞いています、そして見かけ上の「迷い人」から、、、「真実を知りたいんです」という言葉が出ますが実はこれも神から出ているんです。見かけ上は「覚者」と「迷い人」ですが、、、全部神がやりとりしています。
壮大なギャグ
つまりこの世界はギャグなんです。この世界で人の話に気付ける誰かは存在しないのです、気づきは全部神が行っています、相談できる個人も存在しません、、、全部この相談は神から起こっているんです。だから相談者も神、回答者も神です。「なんとしても多くの人を救いたい!!!!」という見かけ上の覚者に会ったら要注意、、何も分かっていない見かけ上の覚者が行っています。
覚者はどうやってモチベーションを保っているのか????
見かけ上の「覚者」はサットサンに集まってきた見かけ上の「迷い人」に対してどうやって毎回モチベーションを保って回答しているのか不思議になります。勿論その行為も、、勝手に起こり勝手に消えるのですが。聞き手は全員が神だという認識のもとに相談を受けるのですから、、なんともいえない気分でしょう。勿論そこには迷いもあるし、苦しみもあるし、困惑もあります、、だから目の前のそれに真摯に応えるが起こるのでしょう。