自我があってもなくてもいいという悟り

エージェントスミスの攻撃

エージェントスミスは、、自我が嘘であること、自我を嘘と見抜いて、、関心を寄せなくなることを一番に恐れています。ですから、、、悟りに近づくと、、、ありとあらゆる攻撃を仕掛けてきます。それはそれは巧妙に、、こちらの自我が活性化するのを狙います。「あの仕事が儲かるかもよ!!」「今年大地震になるかも」「あれをやっとかないと危険らしいよ」それはそれはとんでもない攻勢をしかけてきます。ですが、、実はそれもどうでもいいのです。自我が強化されようと、、、その自我を認識しているのは誰ですか????という話です。それを認識するは「空」です。

そこが理解できると

エージェントスミスの攻撃を食らっても、、、「私が何かしなきゃ!!!」が仮に起きても、、、、「それを認識したのは空だ」が起こり、、、本質に戻るのです。常に常に試合の結果は勝利なのです。だからもうエージェントスミスの攻撃を恐れないでください。どれほど自我が動いても、、自我自体は全くもってそれを認識できないのです。認識するのは背景、不変の自己、空から起こります。

自我を恐れることも勘違いの賜物

悟り業界では自我の有無について非常に多くの議論、教えがありますが、、、、究極を言ってしまえば、、その自我すらも自我は認識できないという事実をもってすれば、、もうこの議論は終わりを迎えます。なぜならば、、自我を自我が認識できないという事実は、、、自我の存在価値を大きく損なうからです。自分で認識できないような自我はあってもなくてもどっちでもいいのです。重要なことは自我を含めた全現象を認識できるの非現象である我々の本質のみだということです。