気づきの連鎖

「分かった」のドミノ

「空」を日々感じながら生きていますと、、、、気づきの連鎖が起こります。街を歩いていても、、、あらゆる気づきが起こります。友人とのコミュニケーション、会話、仕事、、何でもかんでも気づきが起きます。見かけ上のこの人々は完全なる勘違いを起こしているように見えます。その勘違いの数々が「私の観念」を教えてくれるのです。「私が居る」という前提の観念の数々が、、、こちらからは非常に勉強になるんです。

自我が可愛い

周囲の「自我」があるかのように見える人々の活動は、、、微笑ましく感じます。本当に一生懸命思考活動に従って生きているように見えます。その必死な活動の数々が、、、全くもって不快に感じれないのです。なぜならばその活動の全てが空のアートだからです。空のアートをアートそのままに見れるようになる日が本当に来たんだな、、、という感動を覚えるのです。

もう衝動が起きない

朝起きた時に、、全く焦りがありません、、、あれをしなきゃ、これをしなきゃ、、、が起きないんです。朝起きた瞬間から観葉植物は輝き、道は輝き、人も輝いています。このアートを見せられている間、、これを見ていないと勿体ないな、、という感覚すら起こります。