観念の残骸

主人が変わっても

主人が変わっても観念の残骸が残っています。この観念の残骸こそが、、現象化し、、、旧「私」に注意を集めようとします。新私としてそこに居ても、、、、旧私時代の観念がそうはさせじと、、、蠢きます、活動を活発にします。友人の多くから失礼をされたり魅了されたり、、この旧私の存在を思い出させるありとりが起こるでしょう。ここで止めなかったら、、いつするか???です。旧私時代の観念が崩壊する前に、、現象化で食い止めにくるでしょう。

観念の現象化を認識するのみ

友人からの嫌がらせ、注意喚起、、、旧自分時代の繋がりが、、、旧自分を思い出させる現象としてガンガン起こっても、、、ただ認識します、残骸観念の現象化をただ認識するのです。現象化から逃げてもダメです、、ただ認識するのです。勘違いをベースにした人間活動に反応したら負けです。反応するということは旧自分の存在を認めることになります。

反応がなくなるまで

残骸観念の現象化は反応がなくなるまで続きます。反応するということはその観念を捨て切れていないわけです。ですから反応が続く限りは観念は現象化し続けるのです。全ての現象は自動反応で勝手に起こるという究極の理解に至るまで観念は現象を起こし続け、、反応が終わればあるがままが広がります。その時、、ここから質問疑問が消えてなくなるのです。質問疑問が全く出てこない状況が悟りです。