光は光に気づかない

今目の前の光

今目の前には視界が広がっているわけですが、、、真っ暗ではないのはなぜか???それは光があるからです、、、その光をなぜ気づくことができるかと言えば我々の本質は光ではない存在だからです、、、そしてなぜ音に気づくことができるかと言えば、、、我々の本質が静寂そのものだからです。非光、非音、、、これが我々の本質です。。。この非光、非音である存在が、、、常にここにあるこによって、、、今この現象の全てを気づくことができています。

その中に

その中に、、、この体が現れ、脳が現れ、、脳の中に自我というプログラムが現れ、、、自我を通して起きた経験の全ての記憶を受け取るセンサーが現れ、、、記憶を元に形成された観念を反映した世界がこの究極のREALITYの上に重なってそう見えるようになります。そしてその全てをこの存在が気づくのです。そしてこの自我をベースにした私物語がこの究極のREALITYの上に重なった世界を生きるという夢を作ります。

そこまで分かると

ここまで分かってきますと、、、体だは自我を手放す準備を始めます、、自我の必要性を感じなくなっていきます、、自我とはこの体を守るための救済シシテム、防御システムですから、、、体がもう必要ないことを悟れば、、自我を手放す、、自我というプログラムを削除することが可能になるのです。そのためにはこの自我のプログラムを完璧に理解する必要があります。。その方法が瞑想、ヨガ、悟り本、マントラ、禅、各種宗教ということになります。

思考が騒いでも

思考が騒いでも、、全く気にならない、、感情が騒いでも気にならない、、行動が騒いでも気にならない、、、全部自我をベースにした自動システムが起動しただけ、、、この自我防衛システムはこの体を守るために、勝手に起動し、勝手に休みます、、我々の本質は全てに気づく、、存在そのものですから、、、常にそれを気づきていきます、、、

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