要するにこういうことだよね

大人は子供の悩みを一つ高い位置で解決する

子供に算数を教えることができるのは、、大人は子供がどのポイントで詰まっているかを一つ上の視点から観察し説明できるからです。。。高い位置からその人の行動を観察できなければ人に教えるということはできません。世の中を俯瞰するとはまさにそのことで、、この世界の成り立ちを上から眺めて理解することになります。その最高地点が悟りであり、、悟りとはこの世界がたった一つのエネルギーがただ揺れ動きているのを見抜くことです。

結論は分かっている

悟りを開くとは、、、覚者がその視点で気づいたことを今度はこの見かけ上の「私」がその視点になって体感として気づくことです。。。覚者が伝える「すべては一つだった」を体感できるかが重要になります、、、すべては一つらしい、、ということは、、この思考も、感情も、行動も全部同じエネルギーで、、それゆえ他人の思考も感情も、行動も全部このたった一つのエネルギーが作り出している、、というよりも変化してるだけ、、、それを作り出す存在はこの世界には居るわけがなく、、、ただエネルギーが変化していく様に過ぎない、、、個人が感情、思考を作り出すというのは妄想で、、その妄想がただエネルギー変化で起きた、、、しかしその妄想もいずれ変化する、、、たった一つのエネルギーが作り出している世界であるという気づきが起きることで、、、

言われてみればそうだよね

覚者が話す内容は当初は全く理解できないでしょう、、何を言っているか意味不明、、ですが根気強く学んでいきますと、、、確かにそうだよね、、言われてみればそうだよね、、となっていきます、、、必ず、、なぜならば真実は一つだからです。。。必ず真実にたどり着くことだけは分かっているのです、、、ただしこの自己意識は食べるために発達した機能ですから、、、今食べれているにも関わらず認識を変えたいとは全く思いません。認識を変えたくないという衝動と、、全てを理解して楽になりたいという二つの衝動が同時に起こるため苦しさを伴います。

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