分離感覚を持たないと生きていけない時期がある

分離感=悪ではない

ある程度の分離感はないと生きていけない部分はあります、、ですから幼少期から大人になる上でのプロセスとしての分離感は悪いわけではありません、、、学生時代に多くの言葉を覚えた方は強烈な分離感を所有することになります。この世界を言葉というイメージで完全に分離してみせるというマジックを自身にかけているからです。

完全に分離してしまった世界をまとめていく作業

完全に分離して見える世界を今度はまとめあげていく作業、、これが抽象度を上げていく作業です、、、「つまりはこういうことだよね」というのは、、細かく分離解体した世界をカテゴライズして一まとめにしていく作業です。。すると小まぐれではなく、、大きく分けて見ることができますから、、分離から融合に進み、、悟りへの方向に舵をきれます。。。人生を楽に生きているように見える人とは、、、実はこれをやっています。

最後はカテゴライズ自体がなくなる

抽象思考をしていく、、細い情報をカテゴライズしていくことをしていきますと、、、分離感が減っていきますから生きやすくなります、、、この流れで、、、最終的には何一つ分離していなかったという気づきに至るのが悟りです。この体も、あの体もたった一つのエネルギーで形成されていて実は何も分離はしなていない、、分離しているように見えているだけ、、、思考も感情も全部が全部同じ場所からただ起きていて、、そこには実は意味がないことに気づきます。思考を観察する個人も存在せず、、思考は起きては存在が気づき、存在の中に消えていく、、そしてまた存在から思考が湧き、また存在に消えていきます。