言葉は全部イメージ
時間という言葉を覚えるまでは、、、子供は時間という存在は全く存在していない世界に居ました。。。子供は自分が時間を過ごした、、など感じたことがなかったのです、、、、ところが「じ・か・ん」という言葉を覚えたことで時間というイメージができました、、、移り変わる世界に「時間」が登場したのです、、、、これによって「私」が時間の中を生きている、、、というイメージが完成しました。。時間というのがそもそもあったのではなく、、、時間という言葉を覚えることで、、、時間というイメージが想像されたのです。創造といってもいいでしょう。
「わ・た・し」
私という音の組み合わせを覚えることで、、、この世界に「私」というイメージが登場しました、、、この体を現象界の中で見つけると、、、この「私」も一緒に登場します、、、『あ、わたしだ!!』です。私って絶対に居るよね、、、となります、、ですがこれはイメージです。。イメージが現象界と重なり合っているのです。この私は道を歩けば、、、私というイメージが、、、動き、、景色が変わり、、私が歩くというストーリーを創造しています、、、この想像は神が行い、、そしてこれを神が感じます、、、、
私をイメージし、私が感じているというイメージをし、それを神が感じる
唐揚げを食べている時、、、唐揚げというイメージ、、をこの私というイメージが、、食べるというイメージをします、、そしてこの唐揚げを食べた瞬間に味が起きます、、これを神は感じ、同時に私が食べたというイメージが起きます、、次に美味しいが湧きます、、これを神が感じます、、次に「私は美味しい」を感じたというやはりイメージが湧きます、、これを神が感じます、、神は私をイメージしながら全経験を感じているのです。。これは神の一人芝居です。