自我の共存共演作戦

相手の自我を刺激し共存共栄を

自我は相手の自我を刺激し、、共存共栄を図ります。喧嘩を吹っかけて反応を期待します。反応が起これば占めたもの、相手との喧嘩に自我は実は大喜びします。結果は自我無しでは成り立たないからです。相手は私の体の中の自分を標的にしますから強烈に自分を意識することができるのです。体の中に自分が不在の状態で喧嘩を吹っかけてくることはありません。

相手の作戦に乗らない

喧嘩をふっかけてくる相手にはどう対応をすればいいのか???先ず相手の体を通じて喧嘩を吹っかけるが起きました、、ここ重要です、、そこに相手の自由意志は全く関わっていません、、その現象が起きたのです、、するとそこに関わるか否かにおいて感情が湧きてきません。そして究極を言ってしまえばそこに反応が起きるか否かも全体からただ起こります、、そこに自分の自由意志はないのです、、、この事実に気づくことです、、この事実に気づきの意識として気づくのです。

喧嘩のふっかけに乗っても全く後悔しない

喧嘩のふっかけに思わず乗ってしまった、、、相手に自由意志はないのに、、そこは分かっていたのに、、そうではないのです。。そこにこの体がどういう反応をするかも自由意志はないのです、、自由意志がない同士の反応が起きただけです。起きた結果に反省が起きるのは、、こちらに自由意志があると思い込んでいるからです。ここに気づきます、気づきの意識として。