全ては現象として、、、
全ては現象です、、全ては全体からの現れです。見える世界は全て全体から現れています。するとこの体はどうか、、、当然この体も全体からの現れです。この色の世界で現れ以外の物はありません。現れですから消滅もします、、、いつ消滅するのか???それは見かけ上の私が右を見れば左が消滅します。左を見れば右が消滅します。上を見れば下が消滅し下を見れば上が消滅するのです。歩けば次々に視界が変わりますがこれぞ現れと消滅の繰り返しです。
全ては現象なのは分かった、、
全ては現象であることは分かった、、ではなぜ今それを見ることができる「私」が居るのか???私も現象ならば「見る」「触る」「聞く」「味わう」「嗅ぐ」ができないではないか???そうです、できません、、、出来ているという錯覚が起きているのです、全体から。「見る」「触る」「聞く」「味わう」「嗅ぐ」ことができるのは全体だけです、私ではありません、、、つまり全体が「見る」「触る」「聞く」「味わう」「嗅ぐ」をしているにも関わらずそれをこの「私」が感じているという錯覚が起きているのです、全体から。
全体は全部受け身
見る、触る、聞く、味わう、嗅ぐ、、、、は能動的な動きに見えますが、、実は全部受動的な動きです、、、みえてしまう、触れてしまう、、聞こえてしまう、、嗅いでしまった、、です。この経験の全てを、もしくは一部を、、能動的に私が「した」という勘違いが起きているのです。本当は「私」に自由意志など一切なく、全体から湧くしか起き得ません。