今が輝かなくなるのは先(思考)を自分(思考)が見ているから

いつからか世界の輝きが無くなった

小さい頃は世界が輝いて見えていたのがいつの間にか曇って見えるようになり重苦しい世界に住んでいるように感じるようになりました、中学生ぐらいになる生徒の表情から純粋無垢な輝きが失せ重く背負ったような表情をするようになります。将来のために勉強しなくては、将来のために我慢しなくては、将来のために良い学校に行かなくては、、、こうして自分(思考)は将来(思考)というファンタジーを見て生きるようになります。どちらも思考であり実在がない世界に入っていくのです。今しか生きていないのに将来(思考)を見て生きているのですから苦しいのです。そして将来を見ているのも自分という思考です。

自分というのはアイデア

自分という存在はこの世界には実在しません、自分という存在はどう考えてもないのです。あるとすればそれはアイデア、概念です。ですがこのアイデアに固執するということが根源から起きますと見える世界を「自分」が見ているということが起きます。アイデアである自分がこの世界を見ているが起き、起きる現象は全て「自分」にとって有益か無益かで判断する(思考)が起きます。完璧しかない世界が不完璧に見えるが起きます。それはありのままの世界を思考というフィルターを通じて見るが起こるからです。

苦しいが起きたときにそれがどこから起きたかを感じる

完璧が不完璧に見えるが起きた世界に居れば苦しいが起きてきます。この苦しいは根源の現れですからこれも根源の表現、愛の表現です。苦しいが湧けば苦しいのですがそれも愛の表現であることを感じます。こうやって事実を思考を入れずに観察していきますと常に根源の表現に触れていくことになります。一日中が事実の確認になっていきます、事実は全て根源の表現でありそこに至福があります。

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