全てが「決まっていないが決められている」世界にようこそ

決まっていないが決められている

川を流れる葉っぱの動きは何も決まっていない、、ですが決まっていないは完全に決められています。これが我が人生の答えです。決まっていないが決まっているのです。我々から発せられる思考も行動もどれも決まっていないが決まっているのです。ですから我々の老後についても決まっていないが決まっているということです。我々の将来は決まっていないが決まっている、、ということになります。これは絶望なのかそれともお気楽なのか、、ということです。私はこれ以上のお気楽はないと思います。

一生懸命考えていますが、、

一生懸命考えていて、、日々慎重に考えて行動していますが何か?どんなに一生懸命考えて決めているつもりでも実はその思考は何も行動には影響されていません、行動は風任せ、、その時の風向きによって決められます、それまでの思考など何も関係がなく、、、これが事実です。では一生懸命考えたのは意味が無かったのか???結論を言いましょう、全くありません。これが答えです。自分たちの行動は何一つ決まっていないのです、決まっていないのだからそれまでの思考など何も関係なく決まるのです。

運任せ風任せ

刹那的にフラフラ生きることを「運任せ風任せ」などと表現しますが、、、いやいやこれしかないのです。運任せ風任せしかない、、湧き上がる思考も運任せ風任せ、、、湧き上がる行動も運任せ風任せです。どちらも運任せ風任せですから因果関係などあろうはずがないのです。そんな人生に何の価値があるのか?という話ですが人生の価値観は喜怒哀楽経験ぐらいでしょう、、、そして喜怒哀楽に疲れた時に至福に出会う、、この出会いは至福ではない場所を経験できないと体感できない、、ということです。