二元の世界

在ると思う

「二元の世界」が在るそう思う心を抜きにして、、二元の世界に住むという実感を得ることは可能でしょうか???そう思う心が不在であるならば、、その実感を得ることは出来ますか??不可能です。つまり、、、心抜きにして二元性の世界に住むという実感は得ることができません。二元の世界が存在するしないは別にして、、そう感じる心が不在である時、、その実感は得ることができません。今我々が二元性の世界に住んでいると言い切ることが可能なのは、、そう思う心がただあるからだけに他なりません。

催眠術

もしも「あなたはロバ」であるという催眠術をかけられた場合、、、鏡を見て「嘘だ」と気づくことができなければあなたはロバとして半生を生き抜くことになります。事実がそうでなかろうとも、、ロバとしての人生で、終わります。つまり事実を超えて心がそう決めればそうなるのです。つまり「現実」よりも心が上位なのです。物質現実よりも心が事実を作り上げるのです。

現実があって、、心が続くのではない

夢見の状態があります。私が自由自在に空を飛び回る夢です。。。この夢もしも覚めることがなければ、、、あなたはこれを夢と気づきません。もしも空を飛ぶ夢を見ていて、、、目覚めなければ、、、空を飛ぶというのはあなたにとって真実です。目覚めこそが、、それが夢だったと気づかせるのであり、、それ以外に夢と気づく方法がないのです。

全て心

つまり我々にとっての現実とは「心」です。心のことを「現実」と呼んできたのです。では、、、、「心=現実」は、、、なぜ存在できるのでしょうか???「心=現実」が存在できる理由は何ですか???それは「心=現実」を支える土台があるからです。「心=現実」を支える土台、基盤、根源、、これが真我です。真我という土台が最初にあってその上に、、目覚め、夢見、眠りの三状態が入れ替わり立ち替わり現れるのです。