自然な状態
平和こそが我々の自然な状態です。平和でない状態は、、、真我が平和ではなくなったのではなく、、幻想の苦しみが起こっているだけです。平和という自然の状態の上に、、苦しみという自我OS活動が起こった時のみ苦しみます。そして自我OS活動が休止したら、、平和が再び起こるのです。平和が平和ではなくなるとことは決してなく、、平和の中に、、苦しみという現象が自我OS活動を通じて起こるのです。だから苦しみは目覚め、夢見の状態以外では絶対に起こりません。
自我
自我という精妙なプログラムが起こる以前にプラーダプタ(因縁)、、サンスカラーラ(過去世のデータ)、ヴァーサナー(過去世のデータによる癖)と呼ばれるさらに精妙なプログラム(心)が存在し、、、そこから自我は現れ続けます。この根っこの根絶こそが真我実現、サマーディと呼ばれる状態です。この根っこが根絶されない限り自我エゴは現れ続け、自我OS活動(心)が起こり世界が映す出されます。ですがこの真実に目覚めたとき、、自我が現れようが、、エゴが現れようが、、自我OS活動が起ころうとも、、それに気づく真我として、、自我超越体験を楽しむのです。マリオを画面外で楽しみまくる子供と同じです。
無自覚
目覚め、夢見、眠りの三つの状態が、、、真我の上に現れでる現象に過ぎないという気づきに至った時、、、途端に、、、全現象への関心が消えて行きます。なぜならばこれまでは目覚めた世界、目覚めて現れる世界を実在と勘違いしていただけなのですから。これらは実在ではなく真我の上に現れた自我OS活動です。自我OS活動の中に幸福があるわけがなく、、そこに関心が向くはずがないのです。我々がずっと探し求めていた幸福はまさかの世界の土台だったのですから。上の中をもがき苦しもうとも、、意味がないのは明白です。