世界の中の体
一般的に我々は世界の中にこの体が存在すると信じています。ですが事実では別でこの体の中に世界があるのです。世界があるからそれを捉える五感があるのではなく、、五感しかないのです。五感の外にはリアルな世界は存在しません。五感がだけが起こっていて五感の外に実在の世界など存在しないのです。五感を作り出すこの体だけが存在して五感の外には実在の世界など存在しません。
体の中の心
一般的に我々はこの体の中の脳、この脳の中に心が存在すると信じています。ですが事実では心の中にこの体は存在します。脳の中ではなく心の中にこの体が存在するのです。その証拠に眠りの状態で、、体が消え去っても心が残り夢見を作ります。体は眠りで消え去っていますが、、残った心が、、夢見を生み出しています。だから体は消えても心は残るのです。それが輪廻転生です。体が死んでも、、違う体を選んで生まれ直します。同じ体を選んで生まれるのが普通の目覚め、違う体に変えてしまえば輪廻転生です。
心の中の「私」
一般的に我々は心の中に「私」が存在すると信じています。ですが事実では「私」の中に心が生まれます。私こそが心の生みの親です。その証拠に、、夢見のスタート、、最初の最初に現れるのは「私」です。目覚めの瞬間、、最初に現れるのは心ではなく「私」のはずです。「私」が現れてから心が活動的になります。つまり心とは私に纏わるものなのです。私にとっての心なのです。
ヴァーサナー
その私はヴァーサナーの中に生まれます。ヴァーサナーとは輪廻を通じて形成されていく癖のようなものです。精神的内的傾向とも呼ばれます。これを「カルマ」と呼んだりもします。このヴァーサナーは幼少期には発動せず、、幼少期を過ぎた頃から発動し、、、癖として人間の体の中で現れます。ヴァーサナーが自我を生み出し、自我が心を生み出し体、世界を生み出すのです。
真我の中のヴァーサナー
vasanaは真我の中に生み出されます。ですが真我は不変であり永遠の存在ですから、、、真我とは別にvasanaが生み出されることはありません。真我の影としてこれが起こるのです。ですからvasanaは実在ではありません。実在ではないということは消える可能性があるのです、というよりもどこかで消えます。我々の人生はこのvasanaを消すためにあるのです。